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2009.05/12(Tue)

薔薇の日々

琴音蕾

去年の秋、「琴音」という名前の薔薇の苗木を買った。
もうこんなに蕾が瑞々しくふくらんでいる。
 
ある人が、薔薇のことをこんな風に書いていた。
 
「バラは私にはとても悲しい花に感じます。
つぼみのみずみずしさ・・ はりつめた美しさへの期待で一杯です
咲き始めの・・・しみ一つない完全な美 陶磁器のような滑らかさ
満開・・・・華麗という言葉がぴったり
でもその後のバラには悲しみが一杯あるような気がします」

 
たしかに満開の頃をすぎた薔薇は、その後、哀しい末路をたどる。
花びらはカサカサに乾き、色は黒ずみ・・・
そこには、美しかったあの時の姿を思い起こさせるものは
何もない。
 
でも、だからこそ、薔薇の美しさは人の心をうつのだ。
薔薇だけではなく、
満開の時期が一週間ももたない桜
夜にだけひっそりと咲く月下美人
美しい時期が短ければ短いほど
それだけ強く心に何かを残すのだと思う。
いつまでも美しい造花が、人の心をうつことはない。
 
薔薇は、まるで年を取っていく人間のようである。
赤ちゃんの時の瑞々しさ
青春時代の華やかさ
それは年を重ねるごとに失われていく。
でも、今の自分は「悲しみが一杯」なのだろうか。
そんなことはなくて
輝いていたあの日々があったからこそ
今穏やかな気持ちで暮らしているのだと思う。
 
難しいことは考えず
今はただただ、これから咲き誇るであろう
アプリコットピンクの花を楽しみに愛でていきたい。
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テーマ : 思ったこと・感じたこと - ジャンル : 日記

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2009.05/08(Fri)

金魚の甚兵衛

甚兵衛

衣更えで娘の箪笥を整理していたら、古い甚兵衛が見つかった。
娘がまだ3、4歳くらいの頃、私の母が縫ってくれたものだ。
そう言えば、去年の衣更えの時にも結局捨てられなかったんだよなあ。
もうとっくの昔に娘は着ることができないというのに。
 
子供が着ることのできなくなった服を捨てるとき
少しセンチメンタルな気分になってしまう。
子供の成長を喜びつつ、少しずつ自分の手から離れていくのが
寂しいような・・・
私の母も、私の服を処分する時、こんな気持ちだったんだろうか。
 
この甚兵衛を娘が着ていた頃は、まだ私の父も元気で
実家へ帰ったときは、みんなでにぎやかな一夏を過ごしたのだ。
もう父はいないし
娘も甚兵衛ではなく浴衣を着るような年になった。
 
きっと娘は、私がいつまでもこの甚兵衛を捨てないことを
不思議に思っているだろう。
でも、いつかあなたがお嫁にいって、子供を育てるようになったら
きっと私の気持ちが分かるはず。
 
私が母の気持ちをやっと分かったように。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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