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2006.08/07(Mon)

原爆の日

一昨日の土曜日、広島から戻ってきました。

広島滞在中の話は、またぼちぼち書いていくとして…。
昨日8月6日は、広島に原爆が落とされた日。
なので、タイムリーな話を先に書きたい。

広島・長崎と他都道府県とでは、「原爆」に対する"温度差"は、ずいぶん違うのではないだろうか。
被爆に遭った人の話を聞く機会というのは、やはり被爆地に住んでいる人達の方が圧倒的に多いはずだ。

とはいえ、いくら被爆経験者からの話を聞いたり、原爆ドームを見学しても、その苦しさ・辛さは、戦争を知らない私には想像もできないようなものなのだろう。

この時期になると、私が中学生の時語ってくれた、国語の先生の話をいつも思い出す。

その先生がまだ小学生の時の頃。
戦時中、勤労奉仕ということで、その先生のいたクラスの生徒達はみな広島市内へ行くことになったらしい。

ところが当日、先生は風邪をひいて勤労奉仕に行くことができず、家で寝ていた。

その日。8月6日…
原爆が落とされ、先生のいたクラスの女生徒達は、一人残らず亡くなられたそうである。

だから、私には小学校の同級生が一人もいないのよ。
先生は、淡々と話してくれた。

戦争というものは、おそらく実際に被害に遭ったり、被害の現場を直に見なければ、本当の辛さ・哀しさ・怒りの感情は分からないのかもしれない。

でも、昨日まで一緒に笑い、泣き、言葉を交わし、生活をしていた人が、ある日突然この世からいなくなってしまう。
そんな事が起こったら、自分はどう思うだろうか?
しかもそれが「戦争」という、全く理不尽な理由によるものであったら…。

今年もまた、8月6日はやって来た。
昨日、「静かな哀しみ」を話してくれた先生の言葉を思い出しながら、午前8時15分、心の中でそっと手を合わせた。
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テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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