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2006.08/30(Wed)

「未来は霧の中に」?

8月28日付のYOMIURI ONLINE

1960年に科学技術庁(当時)が予測した21世紀初頭の技術135項目のうち、実現したのは54項目と4割にとどまることが分かったそうだ。

この記事のニュアンスは、「たった4割?」って感じなのだが、私は4割も実現してすごい!と思っている。(;´∀`)

実現したのは

・携帯電話
・高周波調理器(電子レンジ)
・人工授精・精子の永久保存 など。

逆に実現しなかったのは

・月への拠点となる「地球空港」の洋上設置
・主婦がテープレコーダーに吹き込むとその家事をこなす電子お手伝いさん
・5か月程度で子どもを産み、後は人工子宮に任せる
・老化防止のための人工冬眠
・モノレールが都市の輸送手段の主流となり地下鉄は消滅、「21世紀には地下鉄通りの名前だけが残る」との予測 など。


みんな、すごいこと、考えていたんだなあ…。(;・∀・)


宇宙開発が盛んに行われ、主婦の仕事はみんな電子お手伝いさんへ。
妊娠中の煩わしさは5ヶ月でOK。
人口冬眠で、いつまでもエイジレス。
マンガで見るような、都市を無尽に走るモノレール…。

夢があったんだよねえ… 1960年のみんな。
しかも、頑張って4割も実現して。

今、「果たせなかった夢」を叶えようという力が、私達に残っているのかな?

タイトルにつけた「未来は霧の中に」は、松任谷由実の歌。

"科学も夢を見てた"頃、「私」は九つ まだ未来は霧の中。
月日は流れ、月を歩いている飛行士をTVで見たとき、「私」は十三。
初恋を無くして、もう恋はみんな同じ…。
そのうち誰かが火星に降りても、もう驚かないでしょう。


こんな内容の歌詞だったと思うんだけれど。

「何でもできる」と思っていた未来に、少しずつ限界を感じたり、先が見えてきたような気がする今日この頃。

あなたの未来は、まだ「霧の中」ですか?
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テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

20:09  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2006.08/26(Sat)

こんばん「わ」?

昔から気になっていたのだ。
「こんばん」は、「こんばん」じゃないのかい?(;´∀`)
実は「こんにち」と書く人も非常に多い。

正しいのは「こんにち」「こんばん」だと分かっていて、でも「だってえ~、こんにちわとか、こんばんわとかの方が可愛いんだもん!」と思って使っている人のことをとやかく言うつもりはない。

「こんにち」「こんばん」が正しいと思って使っている人が、年齢を問わず多いような気がしてならないのだ。
主人がやっているHPの掲示板でも、「こんにち」「こんばん」を使っている人が、半分はいるらしい。

一体これはどういうこと?
なぜこんなにも「こんにち」「こんばん」が広まってしまったの?
(;´Д`)

ちなみに語源由来辞典によると

こんにちは→「今日はご機嫌いかがですか?」などの「今日は。」
        「今日は」以下を略すようになり、「こんにち」となった。

こんばんは→「今晩は○○ですね。」の「今晩は。」
        「今晩は」以下を略すようになり、「こんばん」となった。

ということであり、

正しいのは「こんにち」「こんばん」なのである!

実は、私の知り合いで、いつもメールに「こんにち」「こんばん」と書いてくる人がいる。
大したことではないのに、それを見る度に気になる。(;・∀・)
若い人ならあまり気にならない。
「そんな書き方が流行ってるのか、ふ~ん…」で終わってしまう。
でも、その人、私よりずっと年上なのだ(笑)。
こうなってくると、ある期間だけ、学校で「こんにち」「こんばん」と教えられたのでは?と疑わざるを得ない。(;´Д`)

「言葉」というのは、日々変化していくもの。
いくら間違った言葉遣いであっても、それをほとんどの人が使うようになれば、それが「正しい言葉遣い」になってしまう事もある。

そのうち、「yokoyokoさん、こんばんじゃなくてこんばんでしょ!」って、誰かから指摘される日が来るのかも。(;・∀・)

テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

15:52  |  所感  |  TB(0)  |  CM(8)  |  EDIT  |  Top↑

2006.08/23(Wed)

分かっちゃいるけど…

今朝の読売新聞

食事バランスガイド(1日に必要な食事の摂取量とメニューの事例を主食・主菜・副菜などに分類し、イラストで表現したもの)を推進する農水省の職員実践率、なんと0.1%なのだそうだ。(;・∀・)


1週間の食事調査を実施、職員4370人から回答を得た結果、

・7日間すべての食事がガイドの適量範囲だった→4人
・1日だけ適量だった→430人(約1割)
適量日数ゼロ→3639人(約8割)


自分が出来ないことを人に押しつけるな!(#゚Д゚)

農水省なんかに教えられなくても、みんな「この食事が続くのは、身体に悪いかも…」って、うすうす気づいているはず。
分かってはいるけれど… 毎食理想的な食事ができないジレンマをみんな抱えているのだと思う。

農水省も、自分の所の職員ができないんだから、バランスガイドなんて作らないで、こういうのを作ってみたらどうだろうか?


例えば
・外食した時、主食と一緒に頼んだ方がいい小鉢の種類。
・お酒と一緒に頼むと、身体によい副菜。
・夜、脂っこい物を食べた翌日の理想的食事。
・今年みたいに野菜の値段が高い時、高い野菜の代わりになる栄養を持った野菜の紹介。
・どうしても朝食をとる時間が無い時、これを摂取すればとりあえず乗り切れるという食品。
・料理の苦手な人でも身近な食材で作れる、栄養のあるメニューのレシピ。

ふぅ~ 何だかどんどん脱線していくような気が…(笑)。

とにかく、農水省はもっと違った形で国民に食事の大切さをアピールしないと、誰も振り向いてくれないよ!(;´∀`)

テーマ : 独り言 - ジャンル : 日記

10:49  |  所感  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2006.08/22(Tue)

「因数分解」使ってますか?

よく「因数分解が何の役にたつんだよ」という子どもがいます(大人にもそういう人が稀にいます)。これに対するスマートな反論をお願いします。

こんな質問を読んだ。

っていうか、

因数分解って、どうやってやるんだっけ?(;・∀・)

「共通因数でくくる」ってやつと、いくつか公式があった(記憶がある)のと、「たすきがけ」だっけ?

そんなのをやったような、やらなかったような…。
多分中学で習い始めたような気がするので、きっとやったのでしょう(笑)。

で、因数分解って、実生活で何の役に立つんだろう?
因数分解に限らず、学生の時泣く泣く覚えたたくさんの公式について、いつも同様の疑問を持ってはいたが。(;´∀`)

この質問に対する回答は、なかなかおもしろいものだった。
(中には私の頭では理解できないものもあったけれど)

回答の中では
・暗算するときに式を簡略化して、答えを速く出すことができる。
・押し入れに3種類のユニットを入れるとき、どういう組み合わせがあるか考えられる。
・複雑な地形の組み合わせで一部分しか長さがわからない場合の面積を出すのに使える。

などの具体例が出ていた。

でも、私が「なるほどね」と思ったのは、映画監督としても有名になった北野武の言葉を回答で紹介したもの。

よく言うんだけど、数学できない人が文学とか映画は撮ったらだめ、つくったらだめというのは、「映画における因数分解」というような言い方をするわけ。ファクタライゼーション、要するに、Xという殺し屋がいる。Xが、Aという人、Bという人、Cという人を殺すときには、映像的には、A×Xというシーンを撮らなければいけない、同じようにB×X、C×Xというシーンを撮らなければいけない。それでXは、A・B・Cとかかわるわけ。因数分解になると、Xという人が拳銃を持って血を流して歩く。ただ歩くだけ。その歩いている中にAの死体、Bの死体、Cの死体をただ映す。そうすると、Xはこういう人を殺したとなるわけよ。細かくいちいち撃つシーンを何回も使わなくてもいい。それは、X(A+B+C)で、だから因数分解になるわけ。2乗とかルートというような、強引にルート的な映像をつくる。そういうのが無感覚になっている人もいるけど、数学的に解釈すると、そういうふうになるというかね。明治大学広報

あまり難しいことは私には分からないけれど、これは良く分かった!(・∀・)
本当に大事なことは、覚えた理論や公式をどう応用していくかという、数学的センスなんだなあって。

でも、実際に公式を覚えていた頃は、理論や公式を覚えることだけで精一杯で、それが実生活でどういうものに応用できるかなんて、考えたこともなかった。

やっと、実生活における数学的センスの大切さに気づいたとき、すでに公式を忘れている…なんて、哀しすぎるかも。(;´Д`)

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14:16  |  所感  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2006.08/20(Sun)

魔法が解けたら…

TVでプチ整形の特集をしていた。
登場したのは、子供を4人産んで胸がぺちゃんこになったママと、好きな人に「もっと鼻が高かったら可愛いのにね」と言われ、コンプレックスの固まりになってしまった女の子。

整形するのに使われたのは、ヒアルロン酸というものだった。
これを注射すれば、メスで身体を切り刻むこともないし、術後の腫れなどもあまり気にならないとか。
たしか、シワにも効果があるのよねえ、これ。(;´∀`)

しかし、これには大きな短所がある。
この効果、永久的ではないのだ。(;´Д`)
ヒアルロン酸はいつか身体に吸収されてしまうので、胸の場合、短いと1ヶ月程度。
これじゃあ、ホントに「プチ」な整形だ。

で、TVに出演していた2人の女性。
胸に何本も注射した女性は、帰りに大きくなった胸用の下着を買って、家族へうれしそうに見せていた。
鼻や顎にヒアルロン酸を注入して形良くした女性は、好きな男性に告白し、うまくはぐらかされてしまったようだが、それでも満足そうだった。

二人とも、コンプレックスを克服できて、とてもうれしそうだった。

コンプレックスを克服?

しばらくしたら、元に戻っちゃうよ。(;´Д`)

そうしたら、どうするの?

少しずつ解けていく魔法に震えおののきながら、高価なヒアルロン酸を注入し続けるのか、それとも永遠に魔法が解けないような手術を受けるのか…。

いつか元に戻っちゃうプチ整形って、一体何のためにあるんだろうね?

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2006.08/17(Thu)

スイカ割りのオキテ(;´∀`)

ボーッとTVを見ていたら、スイカ割りのルールなるものが紹介されていた。

スイカ割りにルール?

っていうか、かつて「日本スイカ割り協会」(Japan Suika-Wari Association 略してJSWA 笑)っていうものが存在していたことすら知らなかったのだが…。(;・∀・)

1991年、スイカ割りを見直そうと農協によって「日本スイカ割り協会」が設立され、スイカ割りの正式なルールが決められたとのこと。
(現在、この協会は存在していないらしい。(ノД`) )


スイカ割りの主なルール

第1条 (競技場)
1.競技場は『どこでも楽しめる』スポーツです。
しかしながら、『こだわって』場所を選定すれば、やはり『砂浜』です。

2.すいかと競技者の間の距離
1994年5月のISBC(国際すいか割り評議会)で9m15cmと定められております。

第2条 (用具)
1.棒は、直径5cm以内、長さ1m20cm以内の棒っきれ。
但し、カーボングラスファイバーの使用も認められています。

2.すいかは、JSWA公認の日本国産すいか』を用いること。

第3条 (競技者)
1.競技者はすいかを『割る人』も「見ている人』も皆競技者です。
(尚、古来すいか割りは居合術の修行でありました。)

2.審判員
『公平』な人はもちろんですが、その年のすいかを10個以上食べた人でなければなりません。

第4条 (競技の開始)
1.アイマスクの確認(目隠しの確認)
1万円札を目隠しした人の足元に落とし、拾った人は失格です。

2.フォーメーションロール(スタートする時の回転)
ISBCでは、1990年以降7回と2/3回転と決定しております。

第5条 (競技の進行)
1.競技者1人の持ち時間は3分です。

第6条 (勝負の判定)
1.割ったすいかの断面の美しさで判定します。すいかが2つに割れて2つの大きさが等しいものを100点満点とします。


このルールを読んだ感想…。

スイカ割りって、奥が深い! (;・∀・)

さあ、みんな!
この夏、浜辺で気合い入れて、スイカ割りをしよう!(笑)。


※参考URL:すいか割り公式ルール

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14:13  |  所感  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2006.08/16(Wed)

私だけ「知らなかった」怖い話

まだまだ蒸し暑い日が続きますね。
こういう時は、やはり「怖い話」を…。(;´∀`)

もうずいぶん前になる。
ちょうどお盆の時期に法事があり、母親の実家である新潟へ親戚一同集まった時のことだ。

広い居間に親戚達は集まり、ワイワイと話をしていた。
私も含めて孫達も多く来ていたので、順番で早めにお風呂へ入ることになった。

私の番が来て、一人でお風呂に入っていた時のことだ。

急に私の母親が風呂場にやって来た。
何か呼んだ?

私は別に誰も呼んでいなかった。
ううん、何も言ってないよ。

不思議そうな顔をして、居間に戻る私の母親。
風呂から上がって私も居間に戻ると、みんな不思議そうな顔をして私に聞くのだ。

本当に、何も言っていないの?」と…。

ちなみに母親の実家は、豪雪地帯で有名な新潟の津南町。
町中から離れたところに家はポツンと建っており、隣の家の声が聞こえるということはありえない。
また、その時TVもつけていなかった。(;´Д`)

でも、みんな風呂場の近くで声がするのを聞いたらしいのだ。

「お母さ~ん」と呼ぶ声を。(゚Д゚|||)

私だけ…。

私だけ、聞いてないんですけど。
(;・∀・)


以上、私だけ「知らなかった」怖い話でした(笑)。

実は、この新潟の実家で、他にも説明しようのない不思議な出来事がいくつか起こっている。
祖母(今はもう故人)と私の母親が、どうも「霊感が強い人」のようで、側にいると否応なくこういう事に巻き込まれてしまうみたいなのだ。(;´∀`)
上記の件も、「お盆の時期だから、小さい頃亡くなったおばあちゃんの子供が会いに来たんだろう」ということで、親戚一同納得してしまった(笑)。

別に私は、「幽霊を信じろ!」と声を大にして唱えるつもりはない。
信じる信じないは、その人の勝手。

でも、お盆のこの時期、
人間にはまだまだ知らない"何か"が、この世に存在するかもしれない
なんて、少し謙虚になってみるのはどうでしょうか?(;・∀・)

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2006.08/15(Tue)

田舎でケンタ

最近よくTVでケンタッキーフライドチキンのCMを見る。

孫がもうすぐやってくることを知ったおじいちゃん。
自転車をこいで、一生懸命フライドチキンを買いに行く。
喜ぶ孫の顔を想像しながら…。

夏、田舎に帰省して食べるケンタッキーフライドチキン。

似合わね~って思うのは、私だけ?(;・∀・)

だって、だって、夏の田舎といえば、

冷えたスイカ
大きなお皿に盛りつけられた煮物。
渦巻きの蚊取り線香
山へ蝉やカブトムシを捕りに行ったり、川で遊んだり…

きっと、今はもう違うんだろうね。(ノД`)

核家族化で売れなくなるスイカ。
スーパーで、少量だけ売られている煮物。
渦巻き蚊取り線香は、電気蚊取り線香へ。
子供は外で遊ぶより、エアコンの効いた部屋でゲーム三昧。

そんな時代だと言われればそれまでだけれど…。

まだ、デリバリーでなく、お店まで自転車で買いに行くおじいちゃんであるだけ、マシなのかもしれないね。(;´∀`)

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2006.08/11(Fri)

紙一重

今、ニュースでは某宗教団体の事が話題になっている。
そこの教祖が若い女性信者達に性的暴行を加え、国際手配されているというのだ。(ノД`)

TVに映し出されるその教祖の姿。
一心不乱にタクトを振っていたり、よく分からないモデルコンテストみたいなもので、長身の美女の隣でニコニコ(ニヤニヤかな?)していたり…。

ああいうのを見て、こう思った人はいるはずだ。
どうして、一見しただけでおかしい、あんな教祖にダマされてしまったんだろう?」と。

あれは、私が短大に入学したばかりの頃。
広島の田舎から、何もかもが珍しい京都へやってきて、毎日がとても新鮮だった。
同じく鳥取の田舎からやって来た、寮で同じ部屋だった女の子と毎日、京都の街をぶらついていたものだ。(;´∀`)

ある日、ちょっとイケメン風の男性が声をかけてきた。
○○大学の者(←誰もが名前を知っている某有名大学)ですが、みんなで楽しく遊ぶサークルがあるので、見学に来ませんか?

当時、女子大生がもてはやされていた時代で、私達もしょっちゅうどこかの大学生からサークルの勧誘を受けていた。
だから、その時も相手のルックスと大学名から、気軽に見学の誘いを受けてしまったのだ。
(;´Д`)

寮の電話番号を教えていたので、数日後、その男性から寮へ電話がかかってきた。
○○号室のyokoyokoさん、○○大学のXXさんからお電話です。
まるで、○○大学のXXさんが私の彼氏みたいで(本当に彼氏だった場合、寮にいた全ての人に彼氏の名前と大学名が知られてしまう 笑)何となくうれしかったのを覚えている。
(;´∀`)

そして、私と友人がその男性に連れられて行った場所は、小綺麗な集会所のような所だった。
中には、似たような年頃の男女が何名か、静かに談笑している。
私と友人は、ケーキとコーヒーを出され、何故かビデオを見させられる羽目に…。

もう相当昔の話なので、はっきりとした内容は覚えていない。
最後のシーンで、虹が出てきて、老若男女がみんな手をつないで笑っていたのだけ、何故か記憶にある。

その時、なぜだか分からないけれど、何だかとても違和感を覚えた。(;´Д`)

別に無理に拘束されたわけではない。
ただ、本能的に「私は、ここにいてはいけない!」と思わせる、"何か"があったのだ。
よくあるサークルとは、全く違った雰囲気がそこにはあった。

友人の顔を見ると、彼女もうすうす気が付いたらしく、不安そうな顔をしている。

私達はその場を早々に退散し、その後、何度か例の男性から寮へ電話がかかってきても、寮の先生に事情を話し、二度と出ないようにした。

その「サークル」と呼ばれた場所が、一体どんな宗教関係だったのか、結局分からなかった。
大学生をターゲットにした宗教で、被害者が多く出ていることを知ったのは、ずっと先の話である。

あの時、もしあのサークルに入っていたら…。
今の私はいなかったかもしれない。
自分がなにがしかの被害に遭っていたかもしれないし、全財産をなげうって、今も布教活動をしているような生活を送っているのかもしれない。

だから、私は被害に遭った彼女たちのことを「何で?」って思うことができない。
こういうのは、誰でも「紙一重」だと思うから。

あまり何でも疑うのも困りものだけれど、こんな気持ちでこれからもやっていけたら…
と思う。

私達に必要なものは、信じようとする意志ではなく、真実を見い出そうとする
意志である

(バートランド・ラッセル)

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2006.08/10(Thu)

一生モノ

かれこれ20年以上前になるだろうか。

当時、私の母親はスーパーで働いていた。
ある日、指輪の落とし物を発見。
持ち主が現れなかったため、その指輪は母の物に。

「アンタにあげるよ。」
私が帰省したときに見せられたその指輪は、とてもじゃないが、20歳前後の女の子がするような代物じゃなかった。

素材はプラチナ。
太めのアーム。
石は、小さなダイヤが5石。

「なんて、オバサンっぽい指輪なんだろう…」
これが、その指輪を初めて見たときの私の感想。
でも素材は良い物のようだったので、サイズ直しだけしておき、あとはそのまましまっておいた。

時は流れて20年後…
久しぶりにこの指輪を見つけた。
この後の展開は、詳しく書かなくても想像できると思う。
懐かしくて指にはめてみたこの指輪、妙に私に似合っていたのだ。(;・∀・)

あの頃は、華奢で可愛いデザインの指輪が似合っていたのになあ…。
ルビーとか色石の方が、好きだったのになあ…。

ここで、ふと思った。
よく高価な品物を「これは一生モノだから…」なんて言って買う人がいるけれど、一生モノなんて、実は存在しないんじゃないのかなあ?

品物自体は、良質の物であれば、長い年月使用に耐えうるのだろうけれど、人は歳を取ったら身体も気持ちも変わっていくものね。(;´∀`)

さて、一生モノだと思って連れ添っている、うちの同居人。
この先、私に似合わなくなったらどうしよう?!(;・∀・)
(似合わなくなるのは、私の方だったりして 笑)

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2006.08/07(Mon)

原爆の日

一昨日の土曜日、広島から戻ってきました。

広島滞在中の話は、またぼちぼち書いていくとして…。
昨日8月6日は、広島に原爆が落とされた日。
なので、タイムリーな話を先に書きたい。

広島・長崎と他都道府県とでは、「原爆」に対する"温度差"は、ずいぶん違うのではないだろうか。
被爆に遭った人の話を聞く機会というのは、やはり被爆地に住んでいる人達の方が圧倒的に多いはずだ。

とはいえ、いくら被爆経験者からの話を聞いたり、原爆ドームを見学しても、その苦しさ・辛さは、戦争を知らない私には想像もできないようなものなのだろう。

この時期になると、私が中学生の時語ってくれた、国語の先生の話をいつも思い出す。

その先生がまだ小学生の時の頃。
戦時中、勤労奉仕ということで、その先生のいたクラスの生徒達はみな広島市内へ行くことになったらしい。

ところが当日、先生は風邪をひいて勤労奉仕に行くことができず、家で寝ていた。

その日。8月6日…
原爆が落とされ、先生のいたクラスの女生徒達は、一人残らず亡くなられたそうである。

だから、私には小学校の同級生が一人もいないのよ。
先生は、淡々と話してくれた。

戦争というものは、おそらく実際に被害に遭ったり、被害の現場を直に見なければ、本当の辛さ・哀しさ・怒りの感情は分からないのかもしれない。

でも、昨日まで一緒に笑い、泣き、言葉を交わし、生活をしていた人が、ある日突然この世からいなくなってしまう。
そんな事が起こったら、自分はどう思うだろうか?
しかもそれが「戦争」という、全く理不尽な理由によるものであったら…。

今年もまた、8月6日はやって来た。
昨日、「静かな哀しみ」を話してくれた先生の言葉を思い出しながら、午前8時15分、心の中でそっと手を合わせた。

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