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2013.04/03(Wed)

「守る」から「見守る」へ

娘が小学校を卒業して、もう一週間以上経ってしまった。
慌ただしく終わった卒業式。
子供たちはセンチメンタルになることもなく、笑顔で六年間学んだ小学校を後にしていった。

自分の小学校卒業式がどうだったかなんて思い出せるはずもないが、娘たちの卒業式は、自分たちの「夢」を語ってから卒業証書を受け取るという形だった。
いまどきの小学生は醒めているのかと思いきや、とんでもない。
野球選手になりたい、デザイナーになりたい、宇宙飛行士になりたい、などなど本当に夢のあるものだった。

そんな子供たちの夢を聞き、五年生・六年生で歌を歌い合い、感動的だった卒業式。
だが、そんな中でひとつだけ“違和感”があった。
六年生が入場する時、退場する時、普通なら担任の先生が先頭に立ち、引率すると思うのだが、まず先生たちが先に入ってから子供たち、そして子供たちが先に出てから先生たち…となっていたのだ。

家に帰って、担任の先生が毎月クラスの様子を伝えていたプリント、その最後のプリントを娘から受け取り、初めてその理由を知った。

今年、私は、わがままをひとつ言いました。
「入退場の時、担任が引き連れていくのはおかしいから、席で送迎したい」と。
これは、「小学校全課程を修了し、もう、私から教えることは何もない。次のステップには、自分たちの力で進みなさい。」という、私からのメッセージです


これを読んで、ふと自分の今までの子育てを思い出した。
いつも娘の前を歩き、あるいは手をつなぎ、一緒に歩いていた。
娘を守らなければいけない。
そんな気持ちで、ずっと12年間娘と生きてきた。

これからも、もちろん娘を守っていく。
でも「守る」の形が違ってくる。
「守る」から「見守る」へ。
それは結構むずかしく、そしてちょっぴり寂しい。

卒業式のあと、娘は友達と一緒に撮ったり話したりで、挙げ句の果てには「お父さんとお母さん、先に帰っていいよ」だった。
友達のところへ走っていく娘の後ろ姿が、少しまぶしく見えた3月22日。
ちいちゃん、小学校卒業おめでとう!
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テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

12:16  |  子供  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2011.04/14(Thu)

反抗期の子どもには「釣り」の気持ちで

今日、小五の娘の保護者会で担任の先生から聞いた話。
その先生は釣りが大好きなので、
これから反抗期を迎える子供たちに親がどのように臨んだらよいのか、
この「釣り」で例えてくれた。

「魚が右へ行きたがっている時に左へぐいぐい引っ張ると、
魚はよけい右へ行ってしまうんですよ。
そういう時は一緒に右へ竿を動かしてあげる。
そうすると自然に魚は左へ行ってくれるものです。
えさに食いついた魚がなかなか釣れない時も、
無理に上へ引き上げようとしないこと。
そうすると魚はどんどん下へ行こうとしてしまう。
ふっと竿にかかった力を抜いてあげるんです。
そうしたら魚も素直に釣れてくれます(笑)。
子どもも同じ。
親があからさまに怒ったり
子どもに対して否定的なことを言ったりすれば、
それがたとえ正しいことであっても
子どもはよけい反抗するものです。
とりあえず子どもの話を聞き、いったんは子どもを認めてあげる。
そして“お母さんはこう思うけどね”と親の意見を伝えた後は、
ただ見守る。
そうすれば子どもも時間と共に親の方へ向いてくれるんですよ。」

釣りをしたことがないので分からないけれど、反抗期な子どもとの向き合い方はよく分かった。
ついでに“夫婦喧嘩のやり方”もね(笑)。

テーマ : 思ったこと・感じたこと - ジャンル : 日記

20:35  |  子供  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.03/31(Thu)

「私」にもできること

あの震災以来、被災地の悲惨な現場をTV画面から見る機会が
非常に多くなった。
たとえ同じような内容であっても、いつ新しい情報が舞い込んでくるのか不安で、
ついTVを見てしまうのだ。
それを私と一緒に見ていた10歳の娘は、地震直後に比べていつの間にかとても
「怖がり」になった。
お風呂も私と一緒、寝るのも私と一緒、どこへ行くにもいつも私と一緒に
行動を共にするようになったのだ。
被災地の悲惨な現場を繰り返し見ることの“悪影響”について知ってから、
なるべく娘にはそれを見せないようにしているのだが、今でも怖がりは直らない。
大人だって怖いもの。
子どもが必要以上に怖がるのは当たり前だよね。

そんな怖がってばかりいた娘が、少しずつ変わってきた。
外出先で被災地のための募金箱を見つけると、必ず募金するようになったのだ。
娘には、まだ一ヶ月に400円しかお小遣いをあげていない。
それなのに出かける度に100円募金していた。
もちろんあっという間にお小遣いは少なくなり、昨日私に
「今サイフに10円玉しかないけど、10円でもいいかな?」
って不安そうに聞いてきた。

金額の問題じゃないんだよ。
「助けてあげたい」って気持ちが大事なんだよ。
被災地の現場をただ怖がっていた娘が、次第に
「何かしてあげたい」「助けてあげたい」って気持ちに
変わってきたのが、とてもうれしかった。

まだ相変わらず私にべったりの娘。
でも10円玉を握りしめ、一人募金箱へ向かう後ろ姿が、
少し大人びて見えた…

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19:46  |  子供  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.12/13(Mon)

「おはよう」が言えないわけ

今日、娘が通う小学校の校長先生とお話する機会があって、
そこで聞いたこと。

娘の小学校には、朝、横断歩道で旗振りをしてくれる
ボランティアの方たちがいる。
みなさん、お年を召した方ばかりなのだが、
天候の悪い日でも毎日来てくださる。
頭の下がる思いだ。

そんなボランティアの方たちでちょっとした飲み会があり、
校長先生も誘われ出席されたそうだ。
そこであるボランティアの方から

「最近の小学生は、こちらがおはようとあいさつしても、あいさつを返してくれない。
どういうことなんだ」

と言われたらしい。
その時、校長先生はこんな話をしたのだという。

「今の子どもたちは、全ての子どもが親の優しい愛に
包まれているわけではありません。
共働きも多い中、働くことに必死で、子どもと向き合う余裕のない
親御さんもいます。
夜は一人で夕飯をレンジで温め食べ、朝はギリギリの時間に起こされ、
時には朝食を与えられない子どももいます。
そんな子どもに“おはよう”と声をかけても、
ニコニコ笑って挨拶を返すなんてできないでしょう。
悲しいことですが、そういう子どももいることを
ご理解していただきたいのです」

ボランティアの方たちは今まで、親の躾が悪いから
子どもが挨拶しないのだとばかり思っていたそうだ。
そして「やっと納得できました…」と言われたらしい。

私もたまにPTAで横断歩道の旗振り当番をする時があるが、
たしかに何人か「おはよう」を言えない子どもたちがいる。
あの子どもたちの小さな背中は、きっとランドセルのほかに、
もっと重い何かを背負っているのだろう。

そんな子どもたちがいつか、「おはようございます」って
少しはにかみながら言える日が来るよう、祈らずにはいられない。

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19:58  |  子供  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.10/24(Sun)

でも「殺す」はイヤ

すごいクイズを出す先生だなあ…と思った。
10月24日付読売新聞の記事だ。
小学校の女性教諭が、算数の授業中に自殺や殺人を題材にしたクイズを出題していて、
後日、校長が「不適切な指導だった」と謝罪したそうだ。

問題となったクイズの内容は

「3姉妹の長女が自殺し、葬式があった。
その葬式に来たかっこいい男性に、次女がもう一度会うためにはどうすればよいか」


というもので、答えは「三女を殺す(また葬式をする)」だったという。

このクイズは先生が大学の時、友人と楽しんだクイズを出したらしい。
クイズ自体は、実はサイコパスかどうか検査するために用いられるものらしく、
通常の人なら「長女の葬式の参列者に聞いて回る」「長女の友人知人に聞いて回る」
などと発想するところを、連続殺人者などだと「三女を殺す」という回答に
なってしまうのだそうだ。
性格診断テストなのだから、たぶん“正解”なんてない。

いくら子ども達にクイズをせがまれたとはいえ、
先生がこういうクイズを出すものかなあ…と思う。
仮にこのクイズを出すことを許容するならば、
次女が男性と会うためにどんな方法があるのか、たくさんの考え方を出させ
その中で「三女を殺せばよい」という意見が出たら、
それについてみんなはどう思うか話し合うなど、道徳の時間にすればよいと思う。
(あと、長女が“自殺”でなければいけない必然性は全くないと思う)

ひとつだけこの新聞記事で救われたのは、先生が「三女を殺す」を正解として挙げたとき、
子ども達がショックを受けた様子だったと書かれていたことだ。
死ぬ、死ね、殺す、殺せ こういった言葉が常に子ども達の回りを飛び交っている世の中でも、
この回答に子ども達はショックを受けたのだ。

私の娘は、今年の小学校学芸会のセリフで「殺せ!」というセリフを
言わなければいけないことをとてもいやがっている。
劇の内容上、それを大きな声で言わなければいけないのだが、
それでもいやなので小さな声で言うらしい(笑)。
「ほかの友達もいやがってるよ!」と娘は言う。

やはり「殺す」って言うのも言われるのもイヤだよね。
そんな感覚をいつまでも忘れないでいてほしいな。
子どもも親も先生も…

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