2012.02/08(Wed)
「下山の思想」に違和感
どうして五木寛之の「下山の思想」がベストセラーになっているんだろう。
今朝のニュースで紹介していた。
まだ実際に読んでいないので、Amazonの内容紹介から
“どんなに深い絶望からも人は起ちあがらざるを得ない。
すでに半世紀も前に、海も空も大地も農薬と核に汚染され、それでも草木は根づき私たちは生きてきた。
しかし、と著者はここで問う。再生の目標はどこにあるのか。
再び世界の経済大国をめざす道はない。
敗戦から見事に登頂を果たした今こそ、実り多き「下山」を思い描くべきではないか、と。
「下山」とは諦めの行動でなく新たな山頂に登る前のプロセスだ、という鮮烈な世界観が展望なき現在に光を当てる。
成長神話の呪縛を捨て、人間と国の新たな姿を示す画期的思想。”
五木寛之はTVで「こんな時代だからもっと気軽に考えようよ」みたいなことを言っていた。
そりゃ、五木寛之は78歳だから、“下山の気分”になっても仕方ないと思う。
でもそんな気分の団塊世代を必死で支える40代以下や、これから山を登ろうとする若者たちがいることをお忘れか?
山はいったん麓まで下りてしまったら、また頂上まで登るのは大変なんだぞ。
せめて尾根伝いに縦走か、猛吹雪に耐えて必死にしがみつき頂上目指して少しずつでも登っていけとはっぱかけて欲しいよ。
仮にも人生の先輩なんだから。
蓮舫さんが「二番じゃダメなんですか?」と言うのを聞いた時、うちの夫がつぶやいた言葉を思い出した。
「初めから二番目指してたら二番にもなれないよ」
初めから“小さな幸せ”だけを目指していたら、小さな幸せすらつかめないのかもしれない。
今朝のニュースで紹介していた。
まだ実際に読んでいないので、Amazonの内容紹介から
“どんなに深い絶望からも人は起ちあがらざるを得ない。
すでに半世紀も前に、海も空も大地も農薬と核に汚染され、それでも草木は根づき私たちは生きてきた。
しかし、と著者はここで問う。再生の目標はどこにあるのか。
再び世界の経済大国をめざす道はない。
敗戦から見事に登頂を果たした今こそ、実り多き「下山」を思い描くべきではないか、と。
「下山」とは諦めの行動でなく新たな山頂に登る前のプロセスだ、という鮮烈な世界観が展望なき現在に光を当てる。
成長神話の呪縛を捨て、人間と国の新たな姿を示す画期的思想。”
五木寛之はTVで「こんな時代だからもっと気軽に考えようよ」みたいなことを言っていた。
そりゃ、五木寛之は78歳だから、“下山の気分”になっても仕方ないと思う。
でもそんな気分の団塊世代を必死で支える40代以下や、これから山を登ろうとする若者たちがいることをお忘れか?
山はいったん麓まで下りてしまったら、また頂上まで登るのは大変なんだぞ。
せめて尾根伝いに縦走か、猛吹雪に耐えて必死にしがみつき頂上目指して少しずつでも登っていけとはっぱかけて欲しいよ。
仮にも人生の先輩なんだから。
蓮舫さんが「二番じゃダメなんですか?」と言うのを聞いた時、うちの夫がつぶやいた言葉を思い出した。
「初めから二番目指してたら二番にもなれないよ」
初めから“小さな幸せ”だけを目指していたら、小さな幸せすらつかめないのかもしれない。
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2012.02/07(Tue)
「チンパンジー」になっていく私たち
私たちは「進化」しているのだろうか。
そりゃそうだろう。
サルだったころ不可能だった色々な事ができるようになった。
快適な環境に慣れてしまった今、もうサルの時代には戻れない。
しかし、もしかしたら私たちは知らないうちに「チンパンジー」になっているのかもしれない。
2/7の読売新聞にあった記事。
京大霊長類研究所が行った実験によると、チンパンジーは仲間が助けを求めてくれば、必要な道具を手渡して助ける。
が、人間のように相手の行動を観察してこちらから先に助ける“おせっかい”はしないそうだ。
実験を行った山本氏はこう言う。
「チンパンジーの世界は一対一が基本だが、人間のような社会的集団になると『おせっかい』といった気遣いの行動が生まれるのではないか」
私たちの周りには、『おせっかい』なひとが年々減っているような気がする。
濃密な近所づきあいを嫌い、世話を焼けば逆に「空気読めない」と言われる。
私もどちらかといえば“相手に助けを求められるまでは何もしない”側の人間。
私たちはチンパンジーへと「退化」しているのだろうか。
いや、チンパンジーはまだ助けを求めてきた相手を助けようとする。
それすら無視し、助けようとしないヒトは、チンパンジーにも劣る。
もう一度自分に問うてみる。
私たちは「進化」しているのだろうか……。
そりゃそうだろう。
サルだったころ不可能だった色々な事ができるようになった。
快適な環境に慣れてしまった今、もうサルの時代には戻れない。
しかし、もしかしたら私たちは知らないうちに「チンパンジー」になっているのかもしれない。
2/7の読売新聞にあった記事。
京大霊長類研究所が行った実験によると、チンパンジーは仲間が助けを求めてくれば、必要な道具を手渡して助ける。
が、人間のように相手の行動を観察してこちらから先に助ける“おせっかい”はしないそうだ。
実験を行った山本氏はこう言う。
「チンパンジーの世界は一対一が基本だが、人間のような社会的集団になると『おせっかい』といった気遣いの行動が生まれるのではないか」
私たちの周りには、『おせっかい』なひとが年々減っているような気がする。
濃密な近所づきあいを嫌い、世話を焼けば逆に「空気読めない」と言われる。
私もどちらかといえば“相手に助けを求められるまでは何もしない”側の人間。
私たちはチンパンジーへと「退化」しているのだろうか。
いや、チンパンジーはまだ助けを求めてきた相手を助けようとする。
それすら無視し、助けようとしないヒトは、チンパンジーにも劣る。
もう一度自分に問うてみる。
私たちは「進化」しているのだろうか……。
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2011.11/16(Wed)
人を「いじめる」ということ
興味深い課題を生徒たちに与えた先生がいた。
「いじめ」に関する授業で、子供たちに一枚の紙を持たせ
それを破かずに、クシャクシャにし、踏み潰し
徹底的にメチャクチャにするように言ったのだ。
それから、紙を広げ、平らにさせ
どれだけ傷が残り汚くなっているかを見せた。
そして、子供たちに紙に対して
「ごめんなさい」と言うように伝えた。
先生は言った。
たとえ気の毒に思い元どおりにしたくても、すべての傷は残るのだ
どんなに一生懸命癒やそうとしてもその傷は決して消えないのだと。
子ども同士だけでなく大人であっても、
たとえば親が子を虐待する
あるいは誰かを仲間はずれにし、まるで子どものいじめのような態度をとる
こんなことをしたら、その後どれだけ自分が反省したとしても、
いじめられた側の傷は完全に消えることはないのだろう。
その先生は、子供たちの顔から
自分の伝えたかったメッセージが十分に理解されたのを感じたそうだ。
参考URL:「いじめをなくすために」ある教師の授業課題
「いじめ」に関する授業で、子供たちに一枚の紙を持たせ
それを破かずに、クシャクシャにし、踏み潰し
徹底的にメチャクチャにするように言ったのだ。
それから、紙を広げ、平らにさせ
どれだけ傷が残り汚くなっているかを見せた。
そして、子供たちに紙に対して
「ごめんなさい」と言うように伝えた。
先生は言った。
たとえ気の毒に思い元どおりにしたくても、すべての傷は残るのだ
どんなに一生懸命癒やそうとしてもその傷は決して消えないのだと。
子ども同士だけでなく大人であっても、
たとえば親が子を虐待する
あるいは誰かを仲間はずれにし、まるで子どものいじめのような態度をとる
こんなことをしたら、その後どれだけ自分が反省したとしても、
いじめられた側の傷は完全に消えることはないのだろう。
その先生は、子供たちの顔から
自分の伝えたかったメッセージが十分に理解されたのを感じたそうだ。
参考URL:「いじめをなくすために」ある教師の授業課題
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2011.09/09(Fri)
福島のトマトとおばあさん
一瞬何をしているのか分からなかった。
スーパーの野菜売り場
箱入りトマトが積まれている場所で、
おばあさんがひとりしゃがみ込んでいたのだ。
その箱入りトマトは、箱自体はみんな同じで
横に産地のシールが貼ってあった。
「福島産」と「青森産」
おばあさんは、ご丁寧に
福島産のトマトの箱を全部左によけて、
青森産のトマトの中から
美味しそうなものを物色していた。
“福島の農作物を食べることで福島を助けよう”
そんなスローガンを政府が掲げていても、
“店頭に出るものはちゃんと放射能の数値を計って
安全なものばかりです”
スーパーがそう宣言しても
やはり気にする人は気にするのだろう。
そのおばあさんも、もしかしたら
可愛い孫にトマトを食べさせるため
福島産を避けたのかもしれない。
人それぞれ、いろいろな考え方はある。
でも、それならもう少しさりげなく
「青森産」のトマトをそっと買えばいいのに。
まるで汚いものを避けるかのように
おばあさんの横に積まれていく
「福島産」のトマトの箱。
もしかしたら、その様子を見て
「福島産」のトマトを買うのをやめてしまった人もいたりして…
“買わない”という選択権はある。
でも“買おう”と思っている人の
気持ちをそぐような行為は
どうなんだろう?
最近、福岡の「ふくしま応援ショップ」の開店が
放射能を心配するメールや電話で
中止になってしまったそうだ。
危ないと思っているのなら、買わなければいい。
近づかなければいい。
しかし福島の農作物を買って
福島の応援をしようと思っている人たちの
邪魔をするのはどうなんだろう?
「青森産」のシールが貼ってあるトマトの箱は、
もうあまり美味しそうなトマトが入ってなかった。
しゃがみ込んで長々と吟味しているおばあさんの横にある
形の良い完熟トマトが入った
「福島産」の箱を私はひょいとカゴに入れ、
野菜売り場をあとにした。
スーパーの野菜売り場
箱入りトマトが積まれている場所で、
おばあさんがひとりしゃがみ込んでいたのだ。
その箱入りトマトは、箱自体はみんな同じで
横に産地のシールが貼ってあった。
「福島産」と「青森産」
おばあさんは、ご丁寧に
福島産のトマトの箱を全部左によけて、
青森産のトマトの中から
美味しそうなものを物色していた。
“福島の農作物を食べることで福島を助けよう”
そんなスローガンを政府が掲げていても、
“店頭に出るものはちゃんと放射能の数値を計って
安全なものばかりです”
スーパーがそう宣言しても
やはり気にする人は気にするのだろう。
そのおばあさんも、もしかしたら
可愛い孫にトマトを食べさせるため
福島産を避けたのかもしれない。
人それぞれ、いろいろな考え方はある。
でも、それならもう少しさりげなく
「青森産」のトマトをそっと買えばいいのに。
まるで汚いものを避けるかのように
おばあさんの横に積まれていく
「福島産」のトマトの箱。
もしかしたら、その様子を見て
「福島産」のトマトを買うのをやめてしまった人もいたりして…
“買わない”という選択権はある。
でも“買おう”と思っている人の
気持ちをそぐような行為は
どうなんだろう?
最近、福岡の「ふくしま応援ショップ」の開店が
放射能を心配するメールや電話で
中止になってしまったそうだ。
危ないと思っているのなら、買わなければいい。
近づかなければいい。
しかし福島の農作物を買って
福島の応援をしようと思っている人たちの
邪魔をするのはどうなんだろう?
「青森産」のシールが貼ってあるトマトの箱は、
もうあまり美味しそうなトマトが入ってなかった。
しゃがみ込んで長々と吟味しているおばあさんの横にある
形の良い完熟トマトが入った
「福島産」の箱を私はひょいとカゴに入れ、
野菜売り場をあとにした。
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2011.05/12(Thu)
「余韻」を残す
「お前は百万円持っていたら百万円全部見せるだろ?
五万円だけ見せて九十五万円持っているって思わせておけばいいんだよ」
昔『欽ドコ!』で関根勤が黒子、小堺が一機グレ子をやっていた時、
小堺ばかりが観客に受けて関根勤は今ひとつだった。
そのことを師匠の萩本欽一に相談した時、そのように言われたそうだ。
元々はNHKでやっている『ディープピープル』で、
演歌歌手の小林幸子・坂本冬美・長山洋子の中で出た“ある話”がきっかけだ。
演歌歌手は、歌番組の中では長くても3分ほどしか歌う時間をもらえない。
だから最初は3分の中で一生懸命熱唱しようとしていた。
が、それでは駄目なのだ。
少しだけ力を抜いて歌い、残りの歌の世界はお客さんたちに“想像”してもらう。
そういう部分を残すことがとても大切なのだ。
小説でもドラマでも演劇でもそう。
おそらくエンターティメントはすべて、それを受け止める「相手」がいる限り、
“余韻を残す”ことが必要じゃないんだろうか。
そして「あとはあなたが考えてくださいね」とバトンを渡された私たちも、
常に豊かな“想像力”を持っていなければならない。
余韻を残すというのは、古くから日本に伝わる奥ゆかしい考え方。
時にははっきり物を言うことも大事だけれど、
いつまでも忘れずに後世へ伝えていきたいと思う。
五万円だけ見せて九十五万円持っているって思わせておけばいいんだよ」
昔『欽ドコ!』で関根勤が黒子、小堺が一機グレ子をやっていた時、
小堺ばかりが観客に受けて関根勤は今ひとつだった。
そのことを師匠の萩本欽一に相談した時、そのように言われたそうだ。
元々はNHKでやっている『ディープピープル』で、
演歌歌手の小林幸子・坂本冬美・長山洋子の中で出た“ある話”がきっかけだ。
演歌歌手は、歌番組の中では長くても3分ほどしか歌う時間をもらえない。
だから最初は3分の中で一生懸命熱唱しようとしていた。
が、それでは駄目なのだ。
少しだけ力を抜いて歌い、残りの歌の世界はお客さんたちに“想像”してもらう。
そういう部分を残すことがとても大切なのだ。
小説でもドラマでも演劇でもそう。
おそらくエンターティメントはすべて、それを受け止める「相手」がいる限り、
“余韻を残す”ことが必要じゃないんだろうか。
そして「あとはあなたが考えてくださいね」とバトンを渡された私たちも、
常に豊かな“想像力”を持っていなければならない。
余韻を残すというのは、古くから日本に伝わる奥ゆかしい考え方。
時にははっきり物を言うことも大事だけれど、
いつまでも忘れずに後世へ伝えていきたいと思う。
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